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蝶 - 皆川博子

先に死の泉を買っていたのだけれど、読みやすい短編の方から読んでいった。煮え切らない謎によって、皆川博子の文章の美しさは際立っているという事がよく分かる短編集。全編とも既存の詩を元にして書かれている。皆川博子の短編は、ほとんど子供の視点から書かれていて、本人の幼少時代が反映されているのかな。

空の色さへ

子供は知らぬ人間関係のもつれを「2階」という悲しい異界で表現する。そこには家族に疎まれている叔父がいて、マンドリンの音に併せて子供の私は歌う。
「空の色さへ陽気です、時は楽しい五月です」が繰り返されるポオル・フォルのこの詩は、文体から連想される静かで優しい海に子供が落っこちて死んでしまうという内容。この流れで死んでしまうのかという気持ち悪さに、海の美しさが引き立てられるこの詩は、皆川博子の短編に通じるものがある。解説で「『叙事詩的な象徴小説』という名辞はこの八篇にこそ相応しいのではないか」といった内容が書かれていて、なるほどと思った。

もう一人のわたしは祖母の家の二階にいる。そこには、うつろう時は存在しない。

インパール戦線から復員した男は妻とその情夫を撃つ。出所した男は海辺に立つ教会に住み、そこにやってきた映画のロケ隊のエキストラとして協力する。
復員後の世界が、男の眼には映画の様な物語にしか見えなかったのではなかったのかと。銃だけがより所だったのではないか。

それは、いつも、彼の腰にあった。指の皮膚が貼りつくほど冷たいが、なにもかもが霧のように曖昧ななかで、鉄の感触だけは、まぎれもなく現実のものであった。

戦後、物乞いで生活していた少女に自分の詩集を渡した男は入水自殺を試みるも、少女に邪魔される。

艀の行き着く先は、ない。

艀とは自分に優しくしてくれた人が誰なのか、大人になっても分からない少女の事か、流れる様に生きる男の事か。

想ひ出すなよ

隣家の主人の妾と本を読む少女の毎日は、それが大人に知れたとたんに奪われてしまった。
終盤に突然生々しい死の表現が出てきて、ぞくっとした。少女が殺したとは思えない。でも、そうしたら何を「思い出さない」なんだろう。余程宮子を憎んだのだろうか。

「うちの母に告げ口したのね」
「告げ口じゃないわ。本当のことを教えてあげただけじゃない。空気が物凄く悪いんですってよ、ああいううち」

妙に清らの

眼帯をした叔父と診療所の受付との情事を目撃した少年。家族に疎まれていたその妻の優しさを少年だけが知っていた。
他の話と比べると分かりやすい。「楽園追放」の絵に怯える少年は、叔母が叔父の死体を膝に乗せて紫陽花を周りに散らしている「つくづくみれば、そぞろ、あわれ」な風景には怯えず、むしろ叔母の笑みに吸い込まれていった。子供の無邪気さで黒い感情が映える。

右手に握り締めた飴玉のように硬い眼球を叔母に差し出そうとし、思い直してガラス戸を開け、庭に放った。

龍騎兵は近づけり

確かに二階に楽団の男たちがいたのに、その家の漁師の子供は知らないと言う。人間の子供の皮で作られるというバグパイプが怖くなくなった私は、楽団に招待され、一緒に演奏する。
楽団の存在が恐ろしい。かっとなって弟を突いた少女の心こそが楽団か。

足の部分の傷痕は赤い筋になって残っていた。脇の下にはさみ力を入れて締めつけながら、旋律パイプの指穴に指をあてると、メロディが流れ出る。

幻燈

奉公先の奥様と幻燈で遊んだりと仲睦まじくなるも、爆弾が奥様を殺してしまう。そして私は。
八篇の中では一番不気味で一番好きな話。添い寝の「遊び」の描写が凄く艶かしい。それと同時に仲の良さも窺える。そして、戦後になって急変する「私」の描写も素晴らしい。

鋏でレースの模様を切り取ることを考えついたのは、どちらが先だったか。切り取って、切り裂いて遊んだ。

遺し文

伯父の家に住む少年は、新しくやってきた女性に惹かれていった。初めて言葉を交わした次の日、その女性は剃刀で喉を割いて自殺した。
女性の辛い過去は少年が傷痕をなぞろうが、消える事はない。遺書には何が書かれていたのか。

「ほんとに、もらってええのすか」
「いいのよ」と言って、秋穂は方頬に笑みをみせた。梔子のにおいが濃くただよった。かきあげた濡れ髪を手拭で包んでいるので、白いうなじが目立った。